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ヘルムホルツの音感覚論を読み始めた

前回のブログ記事から2日ほど空いてしまった。

まぁもとより毎日書くことを目標にしていたわけでもなかったのだが、ブログを書き始めた時点で文章を書くことを習慣づけ、自身の考えをアウトプットすることに慣れるという目的を掲げていた身としては1日空いてしまうだけでもあまりよろしくはないだろう。

継続は力なりという言葉もある。自分なりにマイペースで良いから、できるだけ毎日何かを書き残していこうと思ったのが数分前、帰りの電車内でのことである。

 

3日ほど前、大学の後輩からヘルムホルツを勉強しないかと誘いがあった。ヘルマン・フォン・ヘルムホルツという19世紀のドイツの生理学者で物理学者、その著書である「音感覚論」を勧められた。もちろん日本語に翻訳されたものである。

ヘルムホルツについて私はヘルムホルツ共鳴器のこと、しかもそれが特定の周波数で共鳴する壺だったかなというくらいの認識であり、そのくらいしか知らないのだが、音に携わっている者として勉強しておいて損することもないであろうし、そういった論文めいた文献、書籍を真面目に読むことも無かった私にとっては良い機会だと思い、誘われたその場でAmazonで注文した。

音感覚論

音感覚論

 

 

翌日届いて早速読んでみたが、まず翻訳者による序の文、目次、はじめにと書かれたヘルムホルツ本人の前書きで、私自身そこまで活字耐性が無いとは思っていなかったのだが、気づいたらベッドで少し眠ってしまっていた。

形而上的傾向、生理学的事実、緊密に関係する、原理、外的対象物、といったいかにも学術的な説明や言葉の選択が、それら自体は大して難しいものではないのだが、文章となってページを埋めているだけで理解するのに時間がかかり、今私がどこを読んでいたのかをすぐに見失ってしまう。

何も著書や翻訳を批判するものでは全くないし、こればかりは完全に私がこういった文章に慣れていないせいである。学生の頃にもっと文献をよく読んでおくべきだった。

普段の話し言葉やライトな文章では省略したりニュアンスで片付けてしまうようなことも、論では必要なことは全て書き説明する。何かを説明する文章というのはこうあるべきなのだなとも感じた。

 

そして少しづつ読み進めてみたのだが、少なからず音に関して勉強してきた私にとっては大学で学んだことの復習となることもあり、なるほど面白い本だと思った。

内容とは関係ないのだが、読んでいて私が驚いているのが、ヘルムホルツがこの本を書いたのがおよそ150年前だということである。この頃にすでにここまで音について、耳のしくみについて研究され解明されていたことに改めて感心した。現代で学んでいる音の性質がそのまま書かれている。

現代の測定機器のような設備もない当時の技術で音叉が出すサイン波を波形として描いていたり、また現代の音響理論には欠かせないフーリエ解析の理論を導き出したフーリエはさらに遡って18世紀の人物だし、協和音程が単純な整数比に基づくことを発見したピタゴラスともなれば2500年前の人物だし。。

こんな表現しかできず過去の偉人たちに申し訳ないのだが、すごいとしか言いようがない。

 

とにかく、音に携わる者として、音は物理現象であることを第一に考えている私にとって、この本は理解すべきだと思った。

ゆっくりだが読み進めることにする。

 

80分