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仕事とメロキュアと眼鏡

実に久しぶりに記事を書く。流石に毎日は続かなかったが、まぁ気が向いたときに書くことにする。

今月に入ってからはオーケストラのミックスの仕事、ピアノのレコーディングの仕事をしていた。ピアノレコーディングはスタインウェイのフルコンで、3日間で9曲ほど録った。

ピアノは学生の頃よりオーディションのテープ審査用だったり、これまで何度も録ってきた楽器である。楽器も大きいし構造も複雑だったり、録音するものとしてはとても難しいものなのだが、私は結構得意だったりする。

私が録るときはメインにノイマンのU87Aiを2本使う。詳しいマイキングのセッティングについては説明しないが、ピアノに対して大体このあたりに置くという位置はある。

いつだったか、ピアノに対してマイキングの実験をしていたときに見つけたポイントであるが、これがなかなかいい音で録れるのだ。過去にピアノアルバムを作った時も、この2本のマイクで録った音をそのまま、EQやコンプなどのエフェクト無しで、マスタリングでも何もしないでCDになったことがある。

そんなわけでピアノのレコーディングは得意だというお話。

 

今日は品川のステラボールに、メロキュアのワンマンライブに行ってきた。

メロキュア岡崎律子日向めぐみのユニットである。私はもう10年以上も大ファンである。

メロディック・ハード・キュア

メロディック・ハード・キュア

 

 

メロキュアはとある事情もあり、新曲を出したりライブをしたりといった積極的な活動はしておらず、私はもう何年もずっと活動していないものだと思っていた。

しかし先日、2015年のアニサマメロキュアが出たという衝撃的な事実をたまたま知り合いから聞き、その場でブルーレイをAmazonで購入。

Animelo Summer Live 2015 -THE GATE- 8.28 [Blu-ray]

Animelo Summer Live 2015 -THE GATE- 8.28 [Blu-ray]

 

 

ブルーレイを観た、後半に確かにメロキュアが出ていた。感動だった。この映像を観たときはだいぶ涙腺がゆるんでしまっていたと思う。

 

そして少し調べて、メロキュアが活動していたこと、2015年9月にはデビュー13年目にして初のワンマンライブが行われていたこと、そして今年の11月には2回目のワンマンライブが行われることを知ったのだ。それが今日行ってきた品川ステラボールでのライブである。

細かく詳しいことは特に書かないが、感想としては。ファンとしては最高の一言に尽きる。

今日のライブの観客ほぼ全員がメロキュアが好きで、メロキュアを理解しているファンなのだと思う。私も含め。そういった「にわか」ではないファンにとってはこうして活動している姿を見ることができて、それはもう幸せになったと思う。

最高で幸せだったという、非常に安直な感想であるのは認めるが。とにかくそういうものだった。

物販のグッズがとにかく芝生がらみのものがほとんどだったのは笑ったが。メロキュアのイメージって芝生だったっけと。

物販で受注生産のオルゴールを申し込むことができなかったことが悔やまれるが、次もメロキュアのライブがあれば私は行くはずだ。

 

もうひとつ悔やんだことは、私の視力が落ちていて、ステージが十分にはっきりとは見えなかったことだ。私は子供の頃から視力は良く、今でも裸眼で十分生活に支障はないのだが、仕事柄モニターを常に見ているせいかスマホのせいか、遠くがよく見えない、軽い近視と軽い乱視になってしまっている。

自宅での作業もモニターが1m先にあると文字が見えにくかったりする。

眼鏡を作って矯正するほどのものでもなく、日常に支障がないので裸眼で過ごしているのだが、今日のライブのように、遠くをはっきり見たい時用に眼鏡を作ってしまおうかと思う。

 

明日にでも近所の眼科で診察を受けて、どこかで眼鏡を作ろう。

 

45

午前の散歩をはじめた

仕事柄というか、学生時代からの名残というか、私は夜型生活が完全に染み付いてしまっている。

特に今年はその傾向が強く、寝る時間は深夜の4時くらい、夏の頃だと外が明るくなってから寝ていることも多かった。起きるのは仕事のスケジュールで前後するがおよそ昼ごろ、遅いときは午後に起きることもある。

自宅作業が夜に捗るとか、朝電車に乗る必要がほとんどないなど、私にとっては夜型生活でそこまで困ることもないのだが、やはり店や公共施設など、外は朝から回っている事実を改めて実感することもあったり、このままのサイクルで本当にいいんだろうかと正直思ってしまう。

 

そんなわけで、今週は9時に起きて、家を出てすぐにあるコンビニでコーヒーを買い、そのままぶらぶら散歩するということを試みている。そのため寝る時間も深夜2時ないし3時には寝るようにしている。

もちろん朝9時に起きるなど、世間にとっては遅すぎることくらいわかっている。しかし学生時代から不規則な生活を10年ほど送っている私にとっては比較的早い時間帯なのだ。朝起きるということに体が慣れてきたら時間を早めていこうと思っている。

 

さて結果としては、正直に言う。心身共に調子がいい。

当たり前である。夏と比べてかなり過ごしやすくなった時期、外に出て朝日(にしては遅いのだろうが)を浴びてコーヒーを片手に散歩、新宿駅まで歩きお昼どきになれば遅めの朝食を適当な店でとる。朝日を確認してから寝て、午後起きて後悔するのと比べれば、明らかに健全な一日のはじまりである。

正直悔しいほどに気分がいいので、朝起きてからの散歩は習慣づけていきたいと思ってしまう。

 

もともと散歩は好きである。普段からちょっとした距離なら、電車に乗るくらいなら歩いてしまう。

それに少し歩いたほうが確実に頭が回るのだ。歩きながら考え事をすることもあるのだが、散歩した後に自宅でミックスなどの仕事をしていると集中力も持続するし姿勢も悪くならない。エルゴヒューマンのチェアの上であぐらをかくこともない。

 

まだ朝の散歩をはじめて3日ほどしか経っていないし、私のことだ、習慣づけられるかどうかはまだわからない。習慣づけたいとは思っている。

 

32

Webサイトを作ろうとしている

今は秋葉原のヨドバシの上の階にあるフードコートで夕食を食べたところ。

ヨドバシのフリーwifiがあったのでなんとなくMacを開いてみた。

 

Macを持ってきた理由は、Webサイトの作成を少しでも進めようかと思っていたから。

今私はWebサイトを作っている。いや作ろうとして書籍などで勉強しているところである。前回、都内のどこかのカフェでその作業をしてからは少し間が空いてしまったので、結構忘れていたりすることもあるのだが、HTML自体は今まで何度か触った経験があるので、外国語や他のプログラミングを覚えるよりはハードルは低いはず。

 

何のWebサイトを作ろうとしているのかと言うと、自分のWebサイトである。個人のHPというか、一応屋号みたいなものを作って、私はそこに所属しているような見た目のサイトである。なので後々、所属する人が増えても良いようにデザインしないといけないし、あまり私個人の色を出しすぎるのもいけないと思う。いわゆる個人で頑張って作りました的な見た目にはしたくないと思っている。

 

なのでコーディングも学ばなければならないのだが、まずはデザインを決めないとどうしようもないので、イラレ(CS3)とか使って外観だけでも固めようと思う。

 

16

久しぶりに音楽やろうかなと思った

今日は一週間ぶりにスタジオでの仕事だった。

とはいってもレコーディングやミックスではなく、スタジオのアーティストのプリプロ作業の手伝いだったのだが。私は主にProToolsのオペレーションをするだけである。 短いコード進行やフレーズ回しが決まったら、その都度それを録っていくのである。そしてそれらを推敲して少しずつ曲らしく形にしていく。

今日はそういった作業をして、私もそろそろ曲を書こうかなという気持ちになってくる。曲を書くことは専門ではないのだが、フレーズを思いついたりはするし、職業柄、基礎知識も少しはある。幸い自宅の環境は曲を作るのには十分に揃っている。何もフルサイズの歌ものの曲を作るわけではない。ちょっとした数十秒程度のBGMのようなものが作れれば、今後ドラマCDなどの制作にも使えるだろう。

今私はフリーのサウンドエンジニアではあるのだが、作曲だったり、音に限らずいろんなスキルを身につけたいとは思っている。例えば電気工事の資格だったり、あとはwebデザインの勉強もしているところである。

とにかく勉強と仕事をするのみ。

 

15分

んんー、新MacBookPro

新MacBookProが発表されているらしい、速報を追っているのだが、とてもかっこよくて欲しいのだがキワモノすぎて個人的には使えないと思っているところ。。

SDカードスロットも無くなってるような。

 

1分

好きはものの上手なれ

先日書いたヘルムホルツの音感覚論もそうだが最近は他の論文を読むことがあり、改めて人間の知識欲のバイタリティはものすごいなと感じている。

音感覚論

音感覚論

 

 

なんでこの人はこんなこと(失礼だが)をここまで調べ上げたのだろう。こんな細かいことまで調べる必要があったのか。といった疑問を持ちつつ読んでいて、しかしそれを読みたいと思って読んでいる私自身がいるのだ。

単純に、知らないこと、わからないことを知りたいから調べ研究するのだと、ただそれだけのことである。

 

そのようなことを思ったと同時に、世界の物事のすべて、いやほぼ全てには何かしらの理由があるのだろうとも思った。

人の心理もそうなのだ。もし誰かが泣いている時、怒っている時、その人にとっての理由があるはずだ。たとえすれ違いや誤解によるものだとしても、その時その人に起こったこと、それによりその人が感じていることによって泣いたり怒ったりしているのだ。

社会に出て働くよりも遊んで暮らしたい、だが働かないと生きていくためのお金を手に入れられない。だから職を見つけて働きたいという人もいるだろう。

 

知識欲にしてもそうなのかもしれない。知らないこと、不思議なことがあり、その事象について知らない自分がいる。自分がよく知っている分野と同じ分野であるはずなのだが、もしくはこれまでの人生で全く関わりのなかった分野だが、その事象について疑問と興味を持っている自分がいる。単純に知りたいということなのだが、ゆっくり分解すればこういった心理の動きがあるのかもしれない。

 

私自身、改めてこのような心理の理由づけを日々の暮らしでできていれば、おそらく心穏やかでいられるのだろうなと思った。もし何かに苛立っていたらまず自分が苛立っている理由をじっくり考えてみて、その理由があまりにも自分にとって理不尽なことだから苛立っているのか、もしくは自分の思い通りにならないというだけのエゴからきた感情なのか。

 

また身の回りの様々なことに「なぜ」という感情を向けてみることも試してみようと思う。どんなことでもいい。たとえば今こうしてPCのキーボードを叩いてブログを書いているわけだが、なぜ、キーボードの配列はこのようになっているのか。肩がこったとき、なぜ私は今肩がこっているのか。なにか原因があるのか。というように、意識的に興味を持ってみることを習慣づけていきたい。

 

32分

ヘルムホルツの音感覚論を読み始めた

前回のブログ記事から2日ほど空いてしまった。

まぁもとより毎日書くことを目標にしていたわけでもなかったのだが、ブログを書き始めた時点で文章を書くことを習慣づけ、自身の考えをアウトプットすることに慣れるという目的を掲げていた身としては1日空いてしまうだけでもあまりよろしくはないだろう。

継続は力なりという言葉もある。自分なりにマイペースで良いから、できるだけ毎日何かを書き残していこうと思ったのが数分前、帰りの電車内でのことである。

 

3日ほど前、大学の後輩からヘルムホルツを勉強しないかと誘いがあった。ヘルマン・フォン・ヘルムホルツという19世紀のドイツの生理学者で物理学者、その著書である「音感覚論」を勧められた。もちろん日本語に翻訳されたものである。

ヘルムホルツについて私はヘルムホルツ共鳴器のこと、しかもそれが特定の周波数で共鳴する壺だったかなというくらいの認識であり、そのくらいしか知らないのだが、音に携わっている者として勉強しておいて損することもないであろうし、そういった論文めいた文献、書籍を真面目に読むことも無かった私にとっては良い機会だと思い、誘われたその場でAmazonで注文した。

音感覚論

音感覚論

 

 

翌日届いて早速読んでみたが、まず翻訳者による序の文、目次、はじめにと書かれたヘルムホルツ本人の前書きで、私自身そこまで活字耐性が無いとは思っていなかったのだが、気づいたらベッドで少し眠ってしまっていた。

形而上的傾向、生理学的事実、緊密に関係する、原理、外的対象物、といったいかにも学術的な説明や言葉の選択が、それら自体は大して難しいものではないのだが、文章となってページを埋めているだけで理解するのに時間がかかり、今私がどこを読んでいたのかをすぐに見失ってしまう。

何も著書や翻訳を批判するものでは全くないし、こればかりは完全に私がこういった文章に慣れていないせいである。学生の頃にもっと文献をよく読んでおくべきだった。

普段の話し言葉やライトな文章では省略したりニュアンスで片付けてしまうようなことも、論では必要なことは全て書き説明する。何かを説明する文章というのはこうあるべきなのだなとも感じた。

 

そして少しづつ読み進めてみたのだが、少なからず音に関して勉強してきた私にとっては大学で学んだことの復習となることもあり、なるほど面白い本だと思った。

内容とは関係ないのだが、読んでいて私が驚いているのが、ヘルムホルツがこの本を書いたのがおよそ150年前だということである。この頃にすでにここまで音について、耳のしくみについて研究され解明されていたことに改めて感心した。現代で学んでいる音の性質がそのまま書かれている。

現代の測定機器のような設備もない当時の技術で音叉が出すサイン波を波形として描いていたり、また現代の音響理論には欠かせないフーリエ解析の理論を導き出したフーリエはさらに遡って18世紀の人物だし、協和音程が単純な整数比に基づくことを発見したピタゴラスともなれば2500年前の人物だし。。

こんな表現しかできず過去の偉人たちに申し訳ないのだが、すごいとしか言いようがない。

 

とにかく、音に携わる者として、音は物理現象であることを第一に考えている私にとって、この本は理解すべきだと思った。

ゆっくりだが読み進めることにする。

 

80分